山寺やウグイスの声皆で褒め
私が坐禅会で通う山寺で、ウグイスが鳴いておりましたが、その鳴き声が、春の始めにしては上手に鳴いておりました。

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私が坐禅会で通う山寺で、ウグイスが鳴いておりましたが、その鳴き声が、春の始めにしては上手に鳴いておりました。
桜の咲いた頃、思いがけない喜び事がありました。その喜び事を素直に喜んでおりました。桜も、喜び事を祝うかの様でした。
まだ春浅い時、たんぽぽがワタを丸く膨らませておりましたが、残念、雨に濡れ萎んでしまい、風を受けて種子が飛んで行けません。
燕が最寄り駅に巣を造っておりました。皆で、その燕の巣を見守っているかの様で、また、皆が燕の巣に見守られているかの様でした。
私が坐禅会で通っております山寺で、偶然にも灌仏会の日にちと坐禅会が重なり、皆で、甘茶を美味しくありがたく頂いたのでした。
春に雪が降ることがあります。何かの出来事で感傷的になっているときに、春の雪が降りました。降る時を知って降っているかの様でした。
ある早春に、日本海側の豪雪地帯に季節外れの大雪が降りました。雪下ろし、雪かきなどで事故で亡くなる方も居られ、本当に大変です。
ある日の坐禅会で、山寺に集まった皆で、春浅いうちから上手に鳴くウグイスを褒めていたのですが、なんとも風情のある坐禅会でした。
私が坐禅会で通っております禅寺は、廊下が長いです。その黒光りする長い廊下は、廊下の長さと相まって冷え込んでました。
たんぽぽは、綿毛を丸く膨らませて種子を飛ばしますが、綿毛が雨に濡れ、しょぼくれた姿になり、可哀そうでありました。
春に桜が咲きますが、「花に嵐」の譬えもある通り、風が強く吹き、アッという間に散っていく様は、無常で残念であります。
雪柳が早春に咲くのですが、とても心が綺麗で清廉な「ある人」を想い出します。元気で過ごしていて欲しいと静かに祈るのでした。
寒が明けて少しずつ暖かくなって来る頃、入学など、喜び事がある時期ですが、その喜び事を特別な想いで嚙みしめるのであります。
体調不良で、病院に罹ったのですが、その病院は古い建物で、廊下は暗いのです。そんな日に、寒の戻りで冴え返るのでありました。
私がお世話になっておりますお寺でも、灌仏会を行い、お釈迦様のご誕生を祝いますが、いかにも、善男善女といった方々で祝います。
椿、雪柳、たんぽぽを育てておりますが、朝に何かしか、一斉に花盛りになったかのような、ある春の朝でありました。
朝にウォーキングをしていた時期がありましたが、その途中で、花盛りの紅梅が朝日を受けて輝くように咲いているのでありました。
便りと言いましても、メールですが、故郷の古くからの友人から、便りが来た立春でありまして、なんとも感慨深かったのであります。
椿の鉢植えを育てておりますが、春浅い頃、立派な大輪の花を咲かせます。そんな椿には、素直に励まされた気分になるのであります。
道元禅師は、梅の花をこよなく愛した、と伝えられます。長い寒い冬が終りを迎え、暖かになっていく時期に咲く梅は実に嬉しいです。