堂々と生きよと桜に教えられ
満開の大樹の桜からは、実に堂々とした印象を受けます。そして、お前も堂々と生きよ、と背中を押されているかのような気が致します。

俳句をタップ・クリックしてみて下さい。
満開の大樹の桜からは、実に堂々とした印象を受けます。そして、お前も堂々と生きよ、と背中を押されているかのような気が致します。
椿の鉢植えを育てておりますが、今年は二輪の花を咲かせました。寒さが残る中、一つ、二つと二輪の花を咲かせ、楽しませてくれました。
まだまだ寒さが厳しい春分に、日なた、日なたを探しつつ散歩をするのです。少しでも暖かい陽を浴びて、散歩を楽しみたいです。
たんぽぽを鉢植えにしてますが、ワタが、風も吹かないので遠くに旅立って行くこと無く、植木鉢の周囲にこぼれたさまは、可哀そうです。
寒さの残る早春の雪柳の可憐な小さい真っ白な花の清廉さ、まだ厳しい寒さの残る早春に花を咲かせる逞しさに、私も決意を新たにします。
たんぽぽは、本当に生命力の強い植物です。コンクリートのわずかな隙間にも生え、踏まれても枯れもしない。明るい色の花を咲かせます。
椿の花は、落ちます。せっかく咲いている椿の花が、一輪、また一輪と落ちていく様子に無常を感じ、また、あわれをも感じます。
雪柳を育てていますが、朝に洗濯物を干す際にその可憐な白い花がことのほか美しく、手を止めてじっと見てしまうのでありました。
私は意気込んで、ウェブ作成の本を新しく買いまして勉強しようと意気込んで、その本を並べ、学習の準備だけはしたのでした。
桜は毎年咲いて当たり前ですが、春の到来を忘れずに毎年、精一杯咲きます。そんな桜を律儀だと思いますし、偉大だと思います。
可憐な白い花をその細い枝先に散りばめるように咲く雪柳は、朝の清廉な空気の中で、朝日を受けてよりその白さが強調されます。
たんぽぽは道端のコンクリートのわずかな隙間にも生え、踏まれてちぎれても枯れもしないで、明るい黄色の花まで咲かします。
桜が散る頃は、入学・卒業・就職等、出会いと別れの季節でもあります。様々な想いをもって、桜の散るのを観るです。
春雨や濡れて行こう、とばかり、傘をささずに歩いて行く人など、人によって傘をさしたり、ささなかったり対応が分かれます。
椿はしゃべりません。しかし、もの言わずとも、時期が来れば精一杯、花を咲かせて私の目を楽しませてくれるのです。
桜は精一杯咲くのが命の本分を精一杯果たしているように私には思えます。たとえ、誰も観ない所に咲く山桜であっても、です。
雨が上がりツバメは餌探しを再開しましたが、餌の虫が低い所に居るもので、ツバメも低く飛んで餌の虫を捕らえようとします。
我々の目を楽しませてくれる白く清廉な雪柳の花からは、清廉な白さから、こちらが教えられるかのようです。
春一番の嵐に、この春からの決意を新たに意識します。ずっと胸に秘めてきた決意を新たに自分に言い聞かすのであります。
桜はパッと咲いてパッと散ります。散るときは、少しの風で花びらをこぼし桜吹雪になります。綺麗な桜吹雪ですが無常です。